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写真:2019年メジュゴリエ巡礼のあと、ミオの家の近くのキャンプ場に泊まりました。

 

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ミオのセンターにて。司祭お二人がミオ夫婦を祝福してくださっています。

 

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この日はミオの誕生日でした。センターに置くためにグアタルーペで買ってきたプレゼントです。

 

 

 

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◆最新記事 

 

87.黙想ノートのご紹介

フレンツ神父は日本に行くことができなくなったため、オンラインで黙想会を始めました。記事はこちら。。

88.キリストの尊い御血の連祷

89.ご一緒に賛美

 

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ツイッターをはじめました。みことば フォトのご紹介がメインです。

 

■バラダチームへの連絡はSUZUME-SUZUMEまで。

なお、携帯電話からのメールはこちらからの返信が届かないので、ご遠慮ください。

(スマートフォンは大丈夫です。)

 

  ■◆■◆■◆ ご挨拶  ◆■◆■◆■

 

こんにちは、SUZUME-SUZUMEです。
SUZUME-SUZUMEとはミオ バラダ(Mijo Barada)日本チームのコアの名称です。



ミオ バラダはクロアチアに住むカトリック信者です。詳しくは「1.ミッションディヴァインラブ」に記してありますので、ごらんください。

SUZUME–SUZUMEのうちの一人はドイツに住んでおり、2007年、ドイツのとある巡礼地のカトリックの黙想の家で行われた「信仰の刷新のためのセミナー」でミオに出会い、2009年からドイツで行われるセミナーに讃美チームとして協力するようになりました。

ミオは2010年にはじめて来日し、日本国内の数カ所で信仰のセミナーを始め、私はその通訳、賛美チームの一人として同行しています。

そのSUZUMEがこのブログを書いています。

このブログでは、ミオの活動の様子や、みなさんの証し、次回の予定などをお知らせして行こうと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

■ミオのセミナーのテーマについてはこちらをご覧ください

        
■セミナーの日時、場所、講話や歌のCDなどについては、こちら、こちらをご覧ください。

■ニュース:ドイツでミオに協力しているパーリンのアウグスティノカノン マキシミリアン神父が、2016年12月13日に新しい総長に叙階されました。神に感謝!

 

 

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2021年12月 2日 (木)

93. ポンペイの聖母とロザリオのノヴェナ

ポンペイのロザリオの元后の御絵と

ロザリオのノヴェナのご紹介 

 

ポンペイのロザリオの元后

皆さんはポンペイの聖母について聞いたことがおありですか?

イタリアの現在のポンペイの町に、年間400万人もの巡礼者が訪れるロザリオの元后に捧げられた巡礼聖堂にあります。その聖堂内に聖母の恵みの御絵があるのです。このお御堂は、バルトロ・ロンゴという方の意思によって建設されました。

 

バルトロ・ロンゴ氏は1841年2月10日に南イタリアのラティアーノ生まれました。大変敬虔なカトリック信者の家庭で育った子供時代の彼は、ロザリオの祈りをよく唱えていました。

しかし、17歳のとき、法律を学ぶために家を離れて、ナポリで暮らしはじめた彼は、信仰を失い、教会から完全に離れてしまいます。それどころか、カトリックの信仰や司祭をあざけり、教会への憎しみのあまり、反教会会議を主催することさえしました。

やがて、彼はオカルトに興味を持つようになります。オカルトの集会に参加し、死者の霊を呼び出し、悪の霊と交信をするようになるのです。その影響で、彼は大いに苦しみ、ついに肉体的にも精神的にも追い詰められてしまいます。 

幸いなことに、バルトロは彼の恩師 ヴィンチェンツォ・ぺぺ教授に再び巡り合い、教授の助けによって回心と痛悔の恵みをいただきます。また、ドミニコ会司祭ラデンテ神父という良き聴罪司祭にも恵まれました。

こうして、深刻な危機を乗り越えたバルトロは、教会へ戻ることができました。ところが、内的なざわつきと自責の念に苛まれ続けるのです。

困り果てた彼は、「若い頃の罪を償い、内的平安を取り戻すにはどうすればよいのでしょうか」と神に向かって尋ねることにしました。

彼は心の中に声を聞きました。「ロザリオの信心を広めなさい。ロザリオの信心を広める者は、救われます。失われることはありません。」 

それ以来、バルトロは、神を讃え、ロザリオの祈りの普及に務め、貧しい人を援助することに人生を捧げ尽くしました。神の御旨を行うために、また、贖罪のために、彼のあらゆる才能、賜物、 力を使徒としての活動に注ぎ込んだのでした。 

まもなく、ドミニコ 会の第三会員となり、生涯を聖母に奉献した彼は、『ブラザー・ロザリオ』(Fratel Rosario)と命名されます。 

バルトロは、大変敬虔で思いやりのある女性、伯爵家のマリアナ・ド・フスコと結婚します。こうして彼は古代ポンペイの伯爵名義の土地の管理を引き継ぐことになりました。

ほとんどの住人が犯罪者というその土地には、宗教的生活は存在しませんでした。そこには、霊的にも物質的にひどい貧困が蔓延していたのです。

ある日、彼は、「ポンペイの住人が救われるためには、この地域にロザリオの祈りが普及されるべきだ」と理解し、すぐに行動を起こしました。

ポンペイの司教の許可のもと、 1873年に教会の建設は開始され、2年後には、ロザリオの元后の御絵がポンペイに到着しました。

この御絵は、ラデンテ神父が以前、骨董品屋で見つけて購入しておいたものです。あちこち虫に喰われて破れており、保存状態は芳しいものではありませんでしたので、根気良く、注意深く修復されました。

生まれ変わった御絵は1875年にポンペイに到着し、 1876年2月13日には崇敬の対象として公開されました。公開されてすぐに、この御絵は間違いなく恵みの御絵であることが証明されたのです。 

画家のアンナ・マリア・ルカレッリの姪、クロリンダは、 ひどいてんかんの発作に苦しんでいました。                                 バルトロと彼の妻、そしてアンナの三人は、御絵のお披露目に合わせてロザリオのノヴェナをしてクロリンダの癒しを願いました。                            そして、御絵が崇敬のために公開されたその日に、 クロリンダは癒されたのです。この時から、大勢の巡礼者が癒しを求めてポンペイを訪れるようになったのです。

バルトロは様々な使徒的活動を行いました。特に、ロザリオの信心の普及に力を注ぎ、報道による使徒的活動にも熱心に取り組みました。ロザリオの兄弟会を設立し、ノヴェナやロザリオの祈りの本などを著し、『聖母マリアのロザリオ』などの雑誌を刊行しました。

また、孤児や囚人の子供達の世話をし、孤児院、学校、託児所、工場などの設立も行いました。彼の活動を支えたのは、妻のマリアナでした。

 

バルトロ・ロンゴは1926年10月5日にこの世を去り、1980年10月26日、当時の教皇ヨハネ・パウロ二世によって列福されました。

こうして、かつてのサタニスト、カトリック教会の敵であった彼は、聖なるロザリオの使徒となり、 福者に数えられたのです。 これは、疑いもなくロザリオの元后の介入による、神の慈しみの奇跡に他なりません。

「正しい方法でロザリオを通して私により頼む者は、決して失われることはありません」という、ロザリオに関する聖母の約束が証明され、そして、バルトロが聞いた 「ロザリオを広める人は救われます」という約束が成就したわけです。 

 

 

ポンペイのロザリオのノヴェナ

 

さて、聖母はさらに『ポンペイのノヴェナ』を、ナポリに住むフォルトゥナという女性に教えられます。

 

1884年のことです。不治の病に犯されていたフォルトゥナ・アグレーリに出現された聖母は言われました。 「私から恵みを受けたい人は、祈願のロザリオのノヴェ

ナを三回、感謝のロザリオのノヴェナを三回してください。」 

 

この時、聖母は、「ポンペイのロザリオの元后の称号で私に呼びかけるなら、私は要求を拒むことができません....」と、言われ、この称号は、"聖母にとって喜ばしく、貴重なものであることを教えてくださいました。

フォルトゥナとその家族はさっそくノヴェナを始め、フォルトゥナは完全に癒されたのです。

 

今でも多くの証しが世界中から寄せられていると聞きます。身体的、霊的、経済的などの様々な困難が解決された、また、忍耐を学び、信仰を深めていただいたという報告もあるようです。

 

皆さん、このノヴェナをはじめてみませんか?

私はあちらこちらで祈り方を調べたのですが、何度かにわけて一日に三環のロザリオをいのればいいのか、それとも続けて祈るべきなのか、わかりませんでした。

 

私は三環続けて祈っていますが、時間をつくるのが無理な方もいらっしゃるでしょうか。大事なのは、こちらの真剣な気持ちです。続けて祈れない環境の方は、一日のうちに三環を祈り終えることができればいいのではないかと、わたしは考えます。まったくわたしの個人的な考えで、保証することはできないのですが…・

でも、御父もイエズスもマリア様も、私たちの心をご覧になるので、必ず約束を守ってくださると信じています。実は、若い時にそういう体験をしたことがあるのです。

 

「祈る際の助けになれば」と思い、三環のロザリオの動画を作りましたので、どうぞ利用してください。

 

祈りによって恵みをいただいた方は、ぜひ証しをコメント欄に残してください。あるいは、スズメスズメの方にお送りください。証しをすることで神に栄光を帰すことになり、また、他の方の励みになるとおもいます。

 

54日間のノヴェナの祈り方

 

このロザリオのノヴェナは、一つの意向のために、6回のノヴェナを祈ります。

【祈願の祈り】9日間✖️三回(27日間)+【感謝の祈り】9日間✖️三回(27日間)=54日間

最初の27日間は祈願、続く27日間は感謝の祈りです。 

毎日、『喜び、苦しみ、栄』の3環のロザリオを一つの意向のために祈ります。もっと祈りたい方は、4環目に光の神秘を祈ることもできます。 

(十字架のしるし)「父と子と聖霊の御名によって、 アーメン 」

●「私はこのロザリオを、ポンペイの聖なるロザリオの元 后なるあなたを讃えて祈ります。」 

意向を口に出して言う。 

通常のロザリオの祈り方で祈ります。ただし、信仰宣言、 天におられる、三つのアヴェマリア、栄唱は、最初の一環目のときだけ祈ります。 

一環が終わるたびに、次の祈りを祈ります。                            「ポンペイの聖なるロザリオの元后、私たちのためにお祈りください。」(3回)

最初の祈願の27日間は、次の祈りを唱えます。 

「慈しみ深いおとめ、ポンペイの聖なるロザリオの元后、ロザリオの祈りによってあなたを崇敬し、あなたに助けを求める人々を、あなたが見捨てたという話は未だかつて聞いたことがありません。

神の御母、どうか私の願いを拒まないでください。あなたの聖なるロザリオと、あなたのポンペイの神殿への深い愛によって、どうか、私の祈りを聞き入れてく 

ださい。アーメン」 

次の感謝の27日間は、以下の祈りを唱えます。  

「愛に満ちた元后、私はあなたに一体何を差し上げることができるでしょう。私は全人生をあなたに捧げます。ポンペイの聖なるロザリオのおとめ、私は力ある限り、あなたの栄誉を広めます。私があなたに叫んだとき、あなたは主と共に恵みを与えてくださいました。 

私は、あなたが示してくださった慈しみについて、あらゆるところで語り伝えます。私と同じような罪人が信頼をもってあなたに向かうことができるように、ロザリオの信心についてできる限り広め、あなたがどれほど良くしてくださったかを人々に伝えます。 

あなたが、苦しんでいるすべての人に対してどれほど親切で慈しみ深い方であるかを、もし、全世界が知ったなら、創られたすべてのものは、救いと助けを求めてあなたのもとにこぞってやって来ることでしょう。アーメン」 

 

 

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