66. メジュゴリエ FMラジオ通訳
こんにちは、SUZUME-SUZUMEです。
私は明日から家を空けるため、またしばらくPCが使えなくなるので、急いでメジュゴリエ関係の記事を書いています。
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今日はメジュゴリエの通訳奉仕についてお話ししたいと思います。
私はこれまで三回ほどFMラジオの通訳ブースに入ったことがあります。また、夜のご聖体礼拝の時は、祭壇の後ろで司祭の祈りを日本語にして祈る奉仕もしました。
つまり、通訳奉仕は今回が初めてではありません。
それなのに、ご聖体礼拝のときに音楽奉仕をする方も、他の通訳の方も、「日本人グループが来ているの?」と、とても喜んでくださったので、私は驚きました。FMラジオ通訳の責任者の方は、「司教様に日本語通訳が入ると報告したら、とても喜んでいらしたわよ」と教えてくださいました。
ある夜のご聖体礼拝が終わった後、ミオのところで知り合った神父さまに声をかけられ、香部屋脇で立ち話をしていました。そこにバイオリン演奏をするメリンダさんが通りかかり、「あら、日本の方!」と、話に加わってきました。「私は、16歳のときに日本でバイオリンコンサートをしたことがあるんです。アンコールがかかったので、アヴェマリアを弾いたの。そしたらみんな涙を流していたんですよ」と言って、私の方を向いて「前にお話ししましたよね?」と言うのです。これも驚きました。確かに、10年以上前にそんなことがありました。ジェームズ教会でご復活のごミサ終了後、賛美チームが入る囲いのすぐそばにいた私が、彼女のバイオリンの賛美が心震えるほど素晴らしくて、そのお礼を言うと、彼女が日本に行ったことがあると話してくれたのです。
毎日、新しい出会いがある彼女が、巡礼者の一人に話したことを覚えていて、おまけに私の顔まで覚えていたことにとても驚きました。当時16歳だった才能に溢れた彼女が日本でコンサートをしたことは、彼女にとっても思い出深い出来事なのかも知れません。
FMの通訳には、巡礼者が多い国の言語(ドイツ語、イタリア語、英語、フランス語など)には専用ブースがあります。私は中国語のブースをお借りしました。久しぶりにブースに入った私は、どうやって操作するのかをすっかり忘れていました。
そこに韓国語の通訳の方、とても可愛らしいお嬢さんが来て、「あらっ!あなたのこと覚えているわ! ずーーっと、ずーーっと前に会ったわよね。やっとまた日本人グループが来てくれたのね? 私はとても嬉しいわ!」と喜んでくれました。以前の通訳は2012年のこと。確かにずーーっとずーーっと前です。前に会った時に聞いた話ですと、彼女は普段はイタリアに住んでいて、韓国人の団体がメジュゴリエに来たときに呼ばれて通訳奉仕をしているようです。
彼女に機械のいじり方を習い、なんとか要領を思い出しながら第一日目の奉仕は終了しました。
翌日、私の中に「ソフィさんを誘いなさい」という促しがありました。英語の堪能なソフィさんに、「通訳やってみる?」と聞くと、すんなり承諾してくれました。もし、彼女の答えが「No」なら、私の中の促しは神からではなく、私からでたものだと思っていたので、とても嬉しく思いました。
こうして二日目から最後の日まで、二人で分担して通訳をしました。飲み込みのいいソフィさんなので、私は安心して隣でくつろいでいて、突然、私の番が回ってきてあたふたした場面もありました。
(ブースはこんな感じです。ソフィさんはクロアチア語から英語に訳されたチェンネルを聴きながら、私はドイツ語に訳されたチャンネルを聴きながら訳します。ところどころ聞き取りにくく、通訳が遅れたり、抜けたりしましたが、聴いてくださった巡礼者の皆さん、ご了承ください。)
(ご聖体礼拝は週に三度ありますが、木曜日だけはごミサ終了後にすぐに始まります。前回は、車で祭壇まで走ったのですが、今回はそのままブースから訳すように変わっていました。他にも、メジュゴリエのいろいろな決まりごとが変更されていました。直にご聖体礼拝ができないので、私たちは少しがっかり。でも、こうして、イエズスに触れさせていただきました。)
ソフィさんは通訳がきらいなのだそうです。この使命を受け入れるのに相当葛藤したようです。
巡礼から戻った彼女はこんな風に書いています。
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今日出会った人に、「巡礼では何が一番印象深かったか」と聞かれ考えてみたのですが、一言では言えないのです。メジュゴリエ全体が何もかも素晴らしいものでしたから。
「メジュゴリエのごミサ」とか「メジュゴリエのご聖体礼拝」とか言われてもピンとこなかったのですが、今回行ってみて、「ああ、これか~~!」と思いました。毎日でも与りたいですよね。
それから、司祭が二人も同行してくださったし、更にメジュゴリエでフレンツ神父様にも会えたので、皆が告解をする機会があったこともとてもよかったと思います。
予想外だったのは通訳の奉仕をしたことです。私には絶対無理だし、通訳も翻訳も嫌いだって思っていたのですが、やることになりました。
更にはメジュゴリエの後に訪れたミオのセンターでのご聖体礼拝の際、ミオを通していただいたメッセージもそれに関連したことだったのです。
こちらの希望とは関係なく神様からの仕事は来るのですね。
それにしても難しいんですよ、あの通訳! 突然画面が切り替わって始まるので毎日あわててしまい、「序唱」って小声で言っている声がマイクに入ってしまっていたようでした(笑) 序唱の書いてあるページを早く出してくれとSUZUMEさんに言っている声なのです。(ソフィさん、すみません。私はすっかりくつろいでいて反応が遅れました…)
ところで、今日は祈りの集いに行きましたが、そこで「恐れないで」を歌っていて、そういえば、今回ミオからもらったメッセージにまた「恐れるな」っていう言葉があったことを思い出しました。ミオによく「恐れるな」って言われるのです。でも何を恐れているのか、よくわからないでいました。ぼんやり時々見えてくるのだけど(フレンツ神父様の時にちょっと分かりました)また霞んでしまうのです。
今日、『恐れないで』の歌詞を読んでいて、「私のための曲?」と思いました。
「自分を捨てて神のみ旨を受け入れること恐れないで。あなたにとって最良の道、救いへの道に導かれる」
ほら、私のことみたい…
ああ、恐れていることってこれのことか、とやっとわかりました。
確かにこれまで私の都合と趣味でいろいろな奉仕をしてきたけど、自分を捨てて、はいと言ったことはなかったかも知れません。
定年退職したら、翻訳はやろうとは思っていました。訳したい本もあるんです。
「でも今は忙しいから無理です」って神様に言ってました。そして、「通訳は絶対に嫌です!」とも。
でも、神様がこのことで私を使われたいと思われているなら、「はい」と言いたいです。どうか、賜物を受け入れることができますようにお祈りいただけますか。(これはミオチームに宛てたお願いです。SUZUME)
…と書きながら、本当に翻訳や通訳の賜物ってあるのかしら?って考えている私がいます。
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はい、ありますよ、ソフィさん。間違いない。
嘘の霊を信じてはなりません。全能の神を信じましょう。嘘の霊を退けましょう。
ただ、賜物があるからといってそのままにしておいては、賜物は育ちません。最初は何の実りも見えないし、失敗の連続だし、時には批判も受けますが、神様からのものなら必ず「使える形」になります。大きな癒しの賜物のある方が、「癒しを祈った最初の1000人は癒されなかった。でも、神のことばを信じて祈り続けたら、突然癒しが起こり始めた」と言っています。
神に感謝! 全能の神は永遠に称えられますように!
ということで、次の記事では、ソフィさんが断食について訳してくれたものをご紹介します。
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メリンダさんのバイオリンの音(途中広告が入るのが難点ですが)
https://youtu.be/Ti_M6V6YzG0
追記:
ソフィさんが教えてくれました。
もうひとつ追記:
メジュゴリエにグループで巡礼する方でFMラジオの通訳をしたい方は、メジュゴリエのインフォメーションに申し出てください。FM枠は一日20ユーロで借りられます。メジュゴリエには様々な決まりごとがありますので、行く前には必ず英語などのメジュゴリエの公式HPでチェックしてから行ってください。巡礼者を率いる人のためのセミナーが毎年行われています。以前はそれに参加するとグループを引率することができました。ここ数年で色々な決まりごとが変わったようです。現在はどうなっているか、私にはわかりませんので、確認をしてみてください。
また、司祭は司祭の証明書を忘れないでください。証明書がないと、ごミサも祝えませんし、告解を聴くこともできません。