63. メジュゴリエ証し3.
ドミニコ サビオさんの証しです。彼の証しは短いですが、その思いの後ろに「いただいた大きな恵み」が感じられるのは私だけでしょうか?
彼はメジュゴリエのあとに行ったミオの家のことに少し触れていますが、後日、私もそのことについて書こうと思っています。
ドミニコ サビオさんは、腰に痛みがあり、出発の二週間前には「キャンセルすべきか?」とも考えたそうです。
「でもミリヤーナさんへのご出現の場所にはなんとか行ってみたいなぁ!」
ということで、なんとか旅行に参加できる体調を取り戻し、巡礼団に加わりました。
彼の状態を知って祈った人たちがいたに違いないと思います。彼は巡礼の途中まで杖をついて歩いていました。
では、ドミニコ サビオさんに語っていただきます。SUZUME-SUZUME
----------------------------
メジュゴリエにやって来ました。
「しかし、ご出現の丘までたどり着けるかな? まあ、無理だろな⁈」と思いました。
十字架の道行きに至っては、山上の十字架を遠くに見て、即、あきらめました。
ところが、
朝早く復活のイエスの十字架の下にある凹みに寝転んでしばし流れる雲を眺めたり、
ドミニコ サビオさんが言っているのはこのイエスのことです。
下の写真だとよくわかると思いますが、向こう側にあるイエスが横たわっていたであろう場所、そのくぼみに彼は横たわったのです。私は30回くらいメジュゴリエに行っていますが、そんな人、今まで見たことありません! これからブームになるかも知れませんね。
長い時間、熱心に告解を聞く沢山の司祭方の横顔に「仕える人の熱さ」が確かに見えたり、たまたま与る事が出来たドイツ語のミサが大層居心地が良く夢心地だったり、聖体礼拝の時間の美しさに圧倒され、
、、、しまいには皆と一緒に十字架の山に向かいました。
ちようど第12留でジェームズ教会の鐘が鳴るのを聴き、14留あたりで日の出!を体験しました。
まさか皆さんと一緒に上まで登り、降りて来られるとは思っていませんでした。
個人的に、民族浄化という悲惨な出来事の象徴たるモスタの「古い橋」への巡礼してきました。
憧れていたTihaljina(ティハリナ)のマリアさまにお会いすることもできました。
メジュゴリエの後で行ったミオさん家の上で乱舞するニシイワツバメに感動しました。
おまけは、朝焼けの静かなアドリア海でほんのひと泳ぎ 。
巡礼中の一瞬一瞬、全ての時間が大変甘くうつくしく、幸せな時間を皆様とともに過ごさせて頂きました。
有難うございました。
+神に感謝!