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2020年2月26日 (水)

76. 2020年灰の水曜日

  いよいよ四旬節が始まりました。

今年の四旬節は特別です。私が把握できた限りですが、新型コロナウィルスの拡大による影響で、札幌地区と東京地区は、2月27日から3月14日まで公のごミサは中止となったとのことです。

四旬節だというのに、告解も集団での十字架の道行きもできません。こんなことはかつてありませんでしたね。

でも、私たちには祈りがあります。

教会には御聖体があります。

もし、御聖体訪問が許されている地区なら、御聖体訪問をしましょう。そして霊的聖体拝領をしましょう。

ご存知のように、ご聖体拝領は教会でなくとも、いつでもどこでもできますし、イエズスを拝領した時に近いお恵みもいただけますから、痛悔の祈りをして、ぜひ霊的聖体拝領をしましょう。

霊的聖体拝領をするとき、私は、 今どこかで行われているごミサで聖変化した御聖体を天使が運んでくれるところをイメージしています。拝領の後は、ファティマの祈りを唱えましょう。(ひとつ前の記事の一番下にあります。)

告解ができないのは辛いですね。告解の準備ができている方は、今日中にチャンスがありますように!

でも、イエズスのみ前にいることを想像しながら、心から悔いて罪を告白し、償いとしてロザリオの祈りを祈ることもできます。もし、それが大罪だったら、コロナウィルスの件が解決したらすぐに赦しの秘跡を受けましょう。でも、大罪を犯していたとしても霊的聖体拝領はできますから、世の光であるイエズスに来ていただいて心を清めていただきましょう。そうすれば痛悔の恵みがいただけますし、告解すべきことで忘れていたことを思い出させてもくださいます。(>Suzume体験済み)

今の状況が良くなりますように、コロナウィルスが死滅しますように祈りと犠牲を捧げていきたいと思います。

司祭の権能(イエズスの代理者としての権能)で御聖体で毎日、天と地、東西南北、日本各地、世界を祝福してくださる司祭が増えますように!

司祭の権能で、このウィルスに、「イエズスの足元に行け!」と命じる司祭が増えてくれますように!

イエズス、あなたに信頼します!

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御聖体にイエズスはまことに現存されます。その御聖体で祝福するなら、奇跡は起こります。

今、ちょうど御聖体の奇跡の小冊子を読んでいるところなんです。(訳す時間がなくて残念)

 

 

今日届いたメジュゴリエのメッセージはとても興味深いので、訳しました。

 

親愛なる子供たち!この恵みの時、私はあなた方の顔が祈りで変容するのを見たいのです。あなた方はこの世の心配に圧倒されており、春がすぐそこに来ていることを感じていません。愛する子供たち、あなた方は悔い改めと祈りを求められています。自然界が新しい命のために沈黙の中で戦うように、あなた方は祈りの中で神に心を開くようにと、そして平和と春の暖かさをあなた方の心の中に見つけるようにと召されているのです。私の呼びかけに応えてくれてありがとう。

 

Liebe Kinder! In dieser Zeit der Gnade möchte ich eure Gesichter im Gebet verwandelt sehen. Ihr seid so überschwemmt von irdischen Sorgen und ihr spürt nicht, dass der Frühling vor der Tür steht. Meine lieben Kinder, ihr seid zur Buße und zum Gebet aufgerufen. So wie die Natur in der Stille um neues Leben kämpft, seid auch ihr aufgerufen, euch im Gebet Gott zu öffnen, in dem ihr den Frieden und die Wärme der Frühlingssonne in euren Herzen finden werdet. Danke, dass ihr meinem Ruf gefolgt seid."

 

イエズスはシスターファウスティナに、「神の慈しみのあとに正義が来る」と言うようなことをおっしゃっています。

(今、家にいないため、日記を確認することはできなくて正確じゃなくてすみません。)

今日のメジュゴリエのメッセージを読むと、まだ恵みの時なのです。つまり、まだ神は慈しみを注いでくださっている。

私たちが祈るなら聞いてくださりたいと思われている、

悔い改めるなら赦そうと思われている、ということですね。

この時期を大事に生きたいと思います。

そして、確かに今、一国ではなく、世界中がコロナウィルスに振り回されています。この世の心配事に圧倒されています。

真ん中にイエズスを置かなければ、真ん中に十字架を置かなければ

あなた方に平和はありません、とすべての民の御母はおっしゃっていました。

それを、忘れてしまいそうでした。

マリアさま、どうか、私たちをマントで包み、イエズスの十字架のもとに立たせてください。真理であるあなたの御子へと導いてください。祈りを教えてください。祈りが喜びとなるまで祈りなさいとあなたは言われました。つまり、祈りは喜びになるということですね。どうか、その恵みがいただけますようにあなたの御子に願ってください。 アーメン

 

 

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