81.26聖人のロザリオと聖母
こんにちは、SUZUME-SUZUMEです。
昨日、「僕たちもコロナのために祈っていますよ」というメッセージとともに
「日本26聖人のロザリオとボンマンのマリアの祈り」という、所沢教会の掲示板に貼ってあるプリントの写真が届きました。Bさん、ありがとうございました!
Bさんを通して主任司祭の許可をいただき、こちらに紹介します。文章は所沢教会の月報タウに神父様が投稿されたものだそうです。
皆さん、「日本26聖人のロザリオ」と、フランスのポンマン(Pontmain)に出現したマリア様のお話を聞いたことがありますか?
1597年、豊臣秀吉のバテレン追放令により、キリスト教の宣教師や信徒たち26名が長崎で処刑され、殉教したのです。それから265年後の1862年、この26名はローマ教皇ピオ9世によって聖人とされました。彼らは日本で最初の殉教聖人として全世界で深く敬愛されてきたのです。
実は、フランス西北部、サン・ブリューのカトリック学校の聖堂には26聖人殉教者の遺骨が大切に保存されていました。彼らの中には3人の子どもがいましたので、学校ではこの子供たちを特別に信仰の模範として教えてきたのです。
26聖人の列聖式の後、この町の司祭アメ神父は、子供たちの信仰を支えるため、日本26聖人に由来する聖具を考案しました。それは、「殉教者の冠」という26個の数珠玉で作られたロザリオで、そのロザリオの唱え方のパンフレットも同時に出版し、西フランス地方に広めました。
1865年、「宣教の年代記」という、当時のフランスの宣教活動を支持した大衆的な雑誌に、長崎の大浦天主堂でプチジャン神父によって発見された「隠れキリシタン」(1865年3月17日に信徒発見がありました。)の話が掲載されました。それをきっかけに「日本26聖人」への敬愛はフランス全土に広まったのです。
その頃、ポンマンというフランス西部の小さな村で熱心に働いていたゲラン神父は、教会の子どもたちの信仰教育、聖なる普遍の教会への理解、殉教者への信心を広めるために、すべての子どもたちに「日本26聖人のロザリオ」を配り、その唱え方も教えました。 すると1871年1月17日、ポンマン村の4人の子供たちの前にマリア様が出現されたのです。これは御出現として教会に公式に認められています。
記録によりますと、子供たちだけが「星でいっぱいの青い衣の、美しい背の高い貴婦人」を見たということです。まわりの親たちにも、他の村人たちにも、シスターや主任司祭にさえ何も見えませんでした。しかし、みな心を一つにして「日本26聖人のロザリオ」の祈りを繰り返し唱えたのです。
マリア様は、「祈りなさい、私の子どもたちよ。」「神はもうすぐあなた方の願いをかなえてくださいます。」「私の息子(イエス)は、心を動かされている。」とおっしゃいました。 マリア様が子供たちに示したこの言葉が、ポンマンのマリア様のメッセージとなり、ポンマンのマリア様は「希望、信頼と平和のノートルダム」と呼ばれることとなりました。
このように、日本の殉教者とポンマンのマリア様との間には思いがけない不思議なつながりがあるのです。「日本26聖人のロザリオ」の祈りは、現在の日本の教会における様々な課題解決のための祈りとメッセージとなるのではないでしょうか。(所沢教会の聖堂の祭壇の中に収めた聖遺物は、日本26聖人殉教者の3人の聖遺物です。聖パウロ三木、聖ディエコ喜斎、聖ヨハネ五島)
<祈り方> 今回のコロナウィルスのための祈り方のようです(>Suzume)
読みにくいですよね? プリントにある文章をそのまま写しますが
こちらを参考にして各自の意向で、または…祈ります の… に意向を添えて26聖人の執り成しを願いましょう。
1。「祈りなさい、私の子供達よ」、希望のノートル・ダムの取りなしとして、
-新型コロナウィルス感染症の犠牲者のために、…祈ります。
「主の祈り」一回 「アヴェマリア…」三回
2。「神様はもうすぐあなた方の願いをかなえて下さいます。」信頼のノートルダムの取りなしとして、
-新型コロナウィルス感染症の疫病から守ってください。
-所沢・宮寺教会共同体、さいたま教区、日本にある教会、全日本の皆様のために、…祈ります。
「主の祈り」一回 「アヴェマリア…」十回
3。「私の息子は心動かされています」平和のノートルダムの取りなしとして、
-全世界で新型コロナウィルス感染症の疫病に対して戦う方々のために、… 祈ります。
「主の祈り」一回 「アヴェマリア…」十回
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