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73. 賛美による癒しの証し(追記あり)


福岡にお住まいのヴェロニカさんから素晴らしい証しを送っていただきました。
御父がどれほど私たちを愛してくださっていて、どんな状況も私たちのために益だからこそ起こることを許されるのだということがよくわかります。
このような証しは私たちの力となりますね。
ヴェロニカさん、ありがとうございました! 神に感謝!

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私は10月に膝のお皿を骨折、11月には同じ膝の半月板損傷と立て続けにケガをして、その度に皆さんのお祈りと神さまの憐れみにより、奇跡的に、お医者さんもびっくりのスピードで癒していただきました。
 
2回目のケガのいやしでは体のいやしだけでなく魂と霊のいやしも体験しました。そのことを証しします。


11月に一回目のケガが治り仕事にも復帰できたその二日後に、全く予期せぬ2回目のケガは起こりました。教会の帰りに滑り、治ったばかりの膝の半月板を損傷し再び足をギプス固定に逆戻りしました。
 
この2回目のケガは精神的にとても辛かったです。実はそのケガをする日のミサで聖体拝領をした時に「私は狂おしいほどお前を愛している…。」とイエスさまの声が何度も聴こえた気がしていました。
 
ですから「朝あんなこと言われたのにイエスさまなぜ?」
たくさんの方々の祈りにより、せっかく骨折が癒されたばかりなのに、なぜまたケガをしてしまったのですか?」
と号泣し、まるで自分が深い海の底にいるエイかヒラメにでもなったように感じていました。
痛みのために寝返りもできず、ただ横たわり、すっかり落ち込んでいました。
 
理性での祈りやロザリオの祈りは全くできませんでした。異言で祈ったり、ぐるぐると頭の中に浮かんでくるマリア様が言われた「仰せの如く我になれかし(フィアット)」を繰り返し唱えていました。


そのようにして2回目のケガの療養生活をしていたある日のことです。
ミオ・バラダチームのCD『恐れないで』の中の『釘よりも強く』の曲を聴いていたら、何回歌っても、「もう一度! もう一度!」と歌いたくなり、この一曲だけを2時間以上エンドレスで繰返し賛美し続けていました!
 
賛美をしていたら、ふいに閃いたことがありました。
 
『自分が弱いこと、無力であること、失敗するものであること、罪を犯すものであること、過ちを犯すものであること、恐れるものであること、失望するものであること』「釘よりも強く」の歌詞より)を、二度も立て続けにケガをしてしまったことで舐めるほど味わせていただいていたのだ!…ということです。
そのことが、この歌を聴いていて分かったのです。


つまり、自分は決してアテにはならない、自分は決して頼りにはならない、ということを私は体験したのです
マッケイ神父様の「聖霊のいやし」のテキスト95頁に載ってたこと、つい先日のセミナーで教えてもらったことが、なんとそのままが見本のように自分に起こり体験した訳です…!
 
そんな弱く惨めな私に比べて、イエスさまは何て強い方なんでしょう!
 
『♪釘よりも強く、死よりも強く、鞭打ちより強く、嘲りより強い
権力より強く、中毒より強い、悪魔より強く、呪いより強い!』 (「釘よりも強く」の歌詞より)


そんなイエスさまに私は完全降伏しました。
白旗挙げて両手を挙げて完全に降参しました。


こんなに最強無敵で神であるイエスさまが、こんな弱くてぼろぼろな私を想像を遥かに超える愛で今、愛して包んでくださっている!という実感が湧き上がり、喜びに溢れました。


…私はすべてをイエスさまに明け渡しました
『前からこれでも明け渡してたつもりでしたけど、本当に何もかもを、全てを明け渡したいです』とイエスさまに告白しました。
 
イエスさまは、私が差し出したすべてを大喜びで満面の笑みで受け取り、そのまま私を抱きかかえグルグル回してくださっているように感じました。
涙、涙でした…。


振り返ってみると、
『賛美によって心が神に開き→祝福を受け→回心→明け渡し→聖霊の満たし→いやしのプロセス』を体験したように思います。
 
この恵みは皆さんのお祈りのおかげです。
祈りの力の偉大さをしみじみと感じています。


私たちの祈りを聞き入れてくださった憐れみといつくしみの神さまに、感謝と賛美をお捧げします!
必要なものすべてを与えてくださる神に感謝します。
 
本当に何一つ偶然ではなく、神さまのなさることは絶妙でパーフェクトなご計画があると確信しています。
声の限りに賛美します!
力の限りに歌います!


『♪主は蘇られた
主は蘇られた!
死にうち勝たれたイエスに栄光』
 (「釘よりも強く」の歌詞より)


この曲を大声でずっと賛美し続けていたら、イエスさまが触れて癒してくださいました。


この日を境に驚くほど痛みが無くなりスムーズに歩けるようになったのです。
本当に感謝します!


そして、2回目のケガのときは、体の癒しだけではなく、霊と魂も癒していただけたことを深く感謝しています。

主に賛美!

主に栄光!

                                         Veronica 

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追記:(上の記事を書いた翌日に追記を書いています)

ヴェロニカさんの膝の一回目の癒しは、互いに祈り合うことの大切さを教えてくれていますね。
昨年のセミナーの後、ミオは「セミナーに参加した人たちが連絡を取り合い、分かち合い、祈りあうように」と言っていました。
ミオも次々と試練に見舞われますが、そんなとき、チームやセミナー参加者の祈りによって出口が示されたり、癒しが起こったりし、さらに進むことができています。

最近ミオは胆嚢の手術をしたのですが、それも大勢の人たちの祈りによって奇跡的に早く回復し、再びヨーロッパで宣教活動を始めています。
互いに祈り合い、支え合うことの大切さをよく知っているミオは、私たちにもそのようにつながりを持って欲しいと願っているのです。
ヴェロニカさんの二度目の怪我を通して、主は私たちが自分の力だけでは何もできない者だということを教えてくださいました。ヴェロニカさんが賛美する力をいただけたのは、周りの人たちの祈りによるものでしょう。苦しいときのどんなにつたない祈りも美しく変えて御子に届けてくださる聖母マリアに感謝! 神に感謝!


フレンツ神父があの曲をいただいたのは、シスターだったお姉さんが亡くなったときです。悲しくて、悲しくて、力を失いかけたとき、あの歌が聴こえてきたのだそうです。

フレンツ神父は歌を聴く賜物がありますが、その「賜物」は他の大勢の人たちのために御父が聖霊を通してくださったものです。
賜物とはそういうものですよね?

これまで「釘よりも強く」によって様々な癒しが起こっていますが、ヴェロニカさんや他の方々の証しによって、フレンツ神父も力をいただいています。

敵はとても上手に働くので、時々、「これは賜物ではなく、自分が勝手に作ったものだ」という考えが、歌をもらう人たちだけでなく、みことばをいただいたり、ヴィジョンを見たりする方々は湧いてきませんか?

ですから、こういう証が「これは主が送ってくださったものだ」という確証になり、さらに賜物は磨かれていくための力となるのです。
そして、読んだ方々、聞いた方々に、信仰の道を行く勇気を与えてくれます。

昨日、上の記事を書いたのですが、今朝にはさっそく何人の方々から「力をいただいた」「希望をいただいた」「私も2時間賛美した」などの声が届きました。神に感謝!


恐れないで」のCDをお持ちでない方は、こちら(ユーチューブ)でもご一緒に賛美することができますので、ご利用ください。
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少し話がずれてしまいますが、:

ミオの講話を聞いていると、ミオが楽々と信仰生活を送っている、と勘違いするかもしれません。
でも、よく講話を聴くと、奇跡や恵みは、長年のたくさんの祈りと犠牲によっていただいているのがわかります。
いただいた恵みについての証しの講話をしているとき、実はミオが他の試練の真っ只中にいるということもよくあります。

ミオは前線で戦っているので、敵の攻撃対象になります。
信徒のミオですら激しい戦いなのですから、司祭方が霊的戦場でどのような攻撃を受けているか容易に想像できますね。
煉獄の霊魂の解放のために私たちの祈り、苦しみ、悲しみ、無力さ、罪の傾向を捧げ、恩恵を受けた煉獄の霊魂が教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭、修道者方のために祈ってくれるようにお願いしましょう。
すべては主の栄光のために!