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聖書朗読をユーチューブに

こんにちは、SUUZUME-SUZUMEです。

今年の春、ミオは私たちにたくさんの宿題を出しました。

聖人伝を(ダイジェスト版ではなく)6冊読むこと。みことばを読むこと、特に新訳聖書を二回読むこと、もちろん日々の状況を三つのステップで祈ること、イエズスとの親密な時間を持つこと(例えばコーヒータイム)、、などなどです。

「これをした人だけが、次回のセミナーに参加する資格を得る」と、いつになく厳しいミオでした。今年で十回目の来日でしたが、この度初めて日本の各地に「光」が灯っているのをミオは霊的に見ました。その「光」、「ともしび」は大きなものではありませんが、暗闇で輝いています。各地にある祈りのグループが自分のためだけではなく、日本のため、世界のために祈り始めたのでしょうか? きっと彼は、私たちがもっと霊的に成長することを切に願っているのでしょう。ですから、ミオらしくない厳しい態度をとったのかな、と思っています。

ミオチームは昨年からでしたか朗読を始めていました。朗読部分をメンバーに送り、それを聴きながら聖書を黙読し、思ったことや心に残ったことなどをシェアしていました。

私も好きなダニエル書から、新訳はヨハネから始めて、読んだものは保存しておきました。ところが、ミオの沖縄での奉仕が終わったときに、突然PCが真っ暗になり壊れてしまいました。朗読も全部消えてしまったのです。

しばらくは意気消沈して録音する気も失せていました。それにこの頃は家を空けることが多く、静かな環境を作ることも難しい状態だった、という言い訳もできます。

でも、言い訳しても意味がありません。

よし、また最初から始めよう! という気になりました。

というのは、ミオチームの一人の投稿のおかげです。彼女は10年計画で聖書の書き写しを決意したのです。

「おお!すばらしい!」

私は書くことは無理かも知れませんが、家にいるときに朗読するなら、少しづつですが続けられるかもしれない、と思ったのです。

この朗読をご自身が聖書を読む際にご利用していただければ嬉しいです。

新共同訳の聖書はアプリがありますので、フランシスコ会訳を読んで行きたいと思います。

読み手はミオチームのメンバーです。

では、「主婦が読む聖書」です。命である御言葉をご一緒に読んでいきましょう。

「命を与えるのは霊である。肉は何の役にも立たない。

私があなた方に話した言葉は霊であり、命である。」(ヨハネ6:63)

 

 



新約聖書の朗読をこのブログに貼っていたのですが、「ユーチューブの方が聴きやすい」という声がありましたので、少しづつユーチューブの方に移行していくつもりです。

ちょうど、神の御言葉の主日ももうけられましたね。みことばであられるイエスに親しんでいけますように。

 

まず、マタイによる福音書からはじめます。朗読はわたし、Suzumeです。

1−4章 

5−7章

8−9章

10−12章

13章

14−16章20節

16章21節ー17章

18章

19−20章

21ー22章

23章

24ー25章

26−27章

28章

 

 

 

 

 

2020年2月27日 (木)

77.霊的聖体拝領の祈り(追記あり)

参考までに霊的聖体礼拝の祈りを少しご紹介します。

今、わたしSuzumeは家にいないため、日本語の祈りの本を開くことができませんので、ドイツ語の祈りを二つご紹介します。

でも、言葉通りでなくとも、罪を痛悔し、「主よ、私はあなたをお迎えできるような者ではありません。ただ一言をおっしゃってください」と 御聖体をいただく準備をし、天におられるの祈りをして 心の底から「御聖体にまします主よ、来てください」と祈ればイエスは来てくださると私は思っています。

 

 

霊的聖体拝領の祈り

(ただし、ドイツ語からの私訳です。ご自分の判断でご使用ください。)

Photo_20200227005101  

● 私のイエスよ、あなたは最も聖なる秘跡の内に現存されることを信じています。他の何にも増して私はあなたを愛し、私の魂はあなたを切に求めます。しかし、今、私はあなたをお受けすることができません。どうか、霊的にだけでも私の中に来てください。

(沈黙。御聖体拝領していることを想像する)

あなたがすでに私の中に来られ、私と一つになってくださったと信じてあなたを抱きしめます。心からの畏敬の念を持ち、あなたを礼拝します。私があなたから離れることを、どうか、決して許さないでください。アーメン

 

● イエスさま、私はあなたを信じ、あなたに希望し、あなたを愛しています。私の罪を心から痛悔しています。

イエスさま、私の心の中に来てください。私はあなたを慕い、望みます。

イエス様、あなたは私とともにおられます。あなたを礼拝し、感謝します。あなたに私自身を捧げます。私のすべての祈りの意向のために助けを願います。私とすべての人々、特に死の床にある人々を祝福してください。罪人に改心の恵みを、病人に癒しを与え、煉獄の霊魂を救ってください。

イエスさま、あなたを信じています。私の心の中に来てください。私と共にいてください。私はあなたを礼拝します。どうか、祝福してください。



ーーーー追記 2020年2月27日

私が上に訳した祈りの正式日本語版をバラダチームのメンバーが送ってくれました。

この祈りが載っている本は、レデンプトール会発行、聖アルソンソの『聖体訪問と聖母訪問』だそうです。残念ながら絶版とのこと。

このような本が絶版なのはもったいないです。ぜひ再販されますように!!!!

その本の中に、霊的聖体拝領についてこのように書かれています。

「聖体訪問のたびに霊的聖体拝領をするとよいので、霊的聖体拝領とは何か、どんな効果があるのかを説明しておこう。これは聖体拝領をしたいという熱い望みを持ち、実際に拝領したかのように愛を込めて主を抱擁することえある。

主はある修道女に金と銀の器を見せて、金の方には聖体拝領を、銀の方には霊的聖体拝領を入れておくと仰せられ、主が霊的聖体拝領をどれほど尊重し、それによっていかに多くの恵をお与えになるかを悟らせてくださった。

また主は、別の修道女に、霊的聖体拝領をする度に実際に拝領をしたと同じ恵を受けられると仰せになった。なによりもトリエント公会議が霊的聖体拝領をたたえて、信者に実行するように奨励していることで十分であろう。

 

それゆえ、敬虔な人々は御名この霊的聖体礼拝を度々行なっている。あ福者は多数回行い、ある神父は『よい聖体拝領のいちばん良い準備は霊的聖体拝領である』と言っている。

 

そこで、イエズス・キリストへの愛に進歩したいと望む者は、少なくともミサのときと聖体訪問の度に一回霊的聖体拝領をするとよいのだが、始めと真中と終わりの三回すればなお良い。

この信心は考えるよりもずっと有益でそしてたやすい。

一日に多数回行った上述の福者は、霊的聖体拝領は誰からも見られず、断食の必要もなく(註:聖体拝領前の断食は、昔は聖体拝領を前の真夜中からでした。その後3時間前となり、今は1時間前です。)指導司祭の許可もいらず、いつでもしたい時にでき、愛の行為をすればそれでよいのだ、と言っていた」。

 

イエズスよ、主が聖体の中におられることを信じ、すべてを超えてあなたを愛し、私の心にお迎えしたいと望んでいます。今、聖体を拝領することができないので、せめて霊的に拝領させてください。実際に拝領したように主を抱擁し、まったくあなたと一致します。あなたから離れることが決してありませんように。(聖アルフォンソの祈り)

 

 

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